一般社団法人 岐阜県林業経営者協会

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高野槇への挑戦           河方久典のぼやき

河方家の現状と課題

50年生の桧人工林
50年生の桧人工林

専業林家の我が家は、先代より毎年3haの小規模皆伐事業を行い、跡地には桧を植林し人工林を作ってきた。今では総面積の7割が人工林である。私の東濃地方では、主に柱材の値段が良かったためそれを生産の目標にし、3000ha本を植え枝打ちや間伐を行い、無節材を育ててきた。10年前からは皆伐施業をやめ作業路中心の択伐施業をし、伐採跡地には1000ha本を植林する複層林施業へと転換してきた。

私が皆伐施業をやめた理由のひとつは、一斉林による弊害があまりにも目立つようになったからである。これは当家の問題だけではない。日本の林業全体が同時期に植林され樹齢構成が同じな一斉林となり、その弊害は至るところで目の当りされた。その事例として、東濃地方で昭和34年におきた伊勢湾台風により多くの木が倒れその後植林をしたため、我が家でも桧林は樹齢50年生の塊となってしまっていることが挙げられる。

もうひとつの理由は、皆伐施業ではあまりにも再造林後の人手がかかりすぎ、また保育作業に費用がかかりすぎるからである。

注目した高野槇

高野槇の複層林
高野槇の複層林

今、私は今まで先祖が植えてくれた桧の上層木を択伐しながら、下層木に高野槇を植栽する複層林施業を行っている。そうした高野槇の人工林になぜ私は注目したのか?

一番の理由は、高野槇は神霊が宿る木であり我が家の厄除けをしているからである。かつて北半球に自生していた高野槙は環境の変化に伴い現在、日本にしか自生しない木となってしまった。この木を滅ぼすことは我が家を滅ぼすことであり、故に私はこの木を育てねばならないのである。

二番目の理由は、市場性が高いことが挙げられる。材は高級リゾート地の風呂、船材、一般建築となり、枝は高野山のお供え用となる。また種子は韓国へ、そして稚樹は庭園樹として海外への市場も開ける。これは河方家に一定の収入をもたらし、将来を見ても安定して値の下がらないと思われる材なのである。

三番目の理由は、手間がかからないことを挙げたい。陰樹で日陰でも生育するので複層林の下層木として育成出来き、下刈りもいらない。死に節が出来ないので枝打ちもいらず、病虫害にも非常に強い木である。更には、真っ直ぐ伸びる木であるということで、秋篠宮悠仁親王のお印に決まった程である。

四番目の理由は、我が家で自家製苗を作り始めたことが挙げられる。これにより今まで高価であった苗木を安定的に生産することが出来るようになった。昨年は5000本の苗木を生産し、内600本を植林した。

 

しかし、いいこと尽くめのような高野槇の複層林であるが課題もある。まず生育が極めて遅いこと。大径木にするためには100年単位の期間を要するため、材としての需要だけに依存するのは極めてリスクが高い。また、高野槇に限ったことではないが複層林にした場合、伐倒搬出方法も十分な検討が必要となる。しかし、前述のように幼木や、枝などの需要であれば、複層林であってもさほど大きな課題ではない。また、材としての需要に応えるためならば、複層林だけではなく単層林化という手法も考慮すべきと考えている。

先駆者であることの意味

御神木の高野槇
御神木の高野槇

だが、最も大きな課題は、大規模に高野槇を複層林化、人工林化したのは、高野山以外には過去に例がないことである。前例がないということは何か問題に直面した場合、参考にするものが何も無いということを意味する。この課題をクリアすることは容易でないと思うが河方家は、敢えてこの課題に魁としてチャレンジしようと思う。

当家の山林には、樹齢200年はあろうかと思われる1本の高野槇がある。御神木的な存在であるその高野槇は、当家が山林経営を始める前から、この地に君臨し、その後植林された桧を見守ってきた。一笑に付していただいても結構だが、河方家が高野槇に拘わる理由は『この1本の高野槇の存在が、河方家の原点である』と言っても過言でないからである。私の父が苗木の保育方法の研究に没頭しているのも、この木に畏敬の念を抱いているからに他ならない。決して杉、桧の人工林を否定するつもりはない。現在も何百年と続く杉、桧の専業林家は恐らく当時はその木の魁(先駆者)であっただろうと思う。そして先駆者であるからこそ長年蓄積された技術のアドバンテージがあり現在も存続している。先駆者を無視し『右へ倣え』で現在に至ってしまった杉、桧人工林の二の舞だけは踏んではならない。だからこそ当家は高野槇の山作りの先駆者でありたい。