一般社団法人 岐阜県林業経営者協会

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2012年6月号

酒と林業                           小坂善紀のぼやき

造り酒屋の看板

    少し青味の残る杉玉
    少し青味の残る杉玉

御存知の諸兄も多いと思うが、造り酒屋の看板は「杉玉」である。杉の葉を束にしたものをいくつも竹等で作った球状のかごに挿し込み、丸く刈り込んだものである。現在でも暮れが近づくと、新酒ができましたという合図として、新しい杉玉に掛け替える蔵元は多い。新しいものは濃い緑色をしており、とても重くてよい香りがする。これが日を追うに連れてだんだんと茶色に変わり軽くなった頃には、酒が熟成した証しとなる。現代のネオンサインに負けない、視覚に訴えるすぐれた看板だ。

 私の家は代々日本酒の製造業と山林業を営んできた。一般的に酒造業の歴史は古く、長年の蓄積があったのだろう、同業者に山林の所有者も多い。しかし林業に関する見識が乏しい私は、今回は鏡開き用の酒樽(=菰樽、こもだる)を切り口として少しボヤかせて頂く。

酒樽とその効用

酒樽というのは杉でできている。現在、私の会社では吉野杉や秋田杉から作られた樽を購入している。どちらも気候が安定しているため木目がそろい易く、加工も楽で見た目も美しいという理由から、両産地のものが重宝されている。また酒の主たる産地から近く、供給も安定していたのだろう。

 しかし杉の樽の効用はそれだけでは無い。私たち酒造メーカーにとって、現代においても厄介な「火落ち菌」というものがある。これに感染した清酒は白濁して異臭を放ちだす。江戸時代は今にも増して火落ち菌が熱処理し難いにもかかわらず、なんと樽に貯蔵した清酒は火落ちがし難かったとの事。杉材の赤味由来の成分が、抗菌作用をもたらすと学術的にも証明がある。抗酸化作用、消臭作用等の長持ちの作用があるという。加えて抗炎症作用、うっ血の和らげ、脂肪の分解作用の効果もあるとの事。そしてその芳香は、気分が爽快になり心身がリフレッシュされるという、いわゆる森林浴の効果もある。これらの事を先人達は日々の生活から知っていたのであろう。杉が単に丈夫で加工し易く、軽くて運搬にも便利というだけでは無い事を…。

菰樽の歴史

     菰を巻く前の杉樽
     菰を巻く前の杉樽

 最初の酒樽は2斗樽(36L)であったらしい。伏見や灘で醸された清酒は陸路、海路で輸送された。江戸時代になると清酒は商品としてその地位を高める。この頃にはサイズも大きくなり、現在鏡開きで最も使用される4斗樽(72L)というサイズが主流となる。それらを効率よく運搬するためには、樽の破損に注意が必要となる。そこで菰の登場。菰というのは藁(わら)で編んだむしろを指す。酒樽の菰は、樽の保護のためにまず藁をたくさん詰め、その上からむしろで覆う。そして菰の上には他所の酒と区別するために、酒の銘柄やデザインが施されるようになる。これが鏡開きに使われる菰樽の始まりだ。

神と酒と日本人

酒は「飲めば酔う」というその特性より、古来より世界各地で神様との交信するためのツールとされてきた。酔うという現象が今も科学ではすべて解明できておらず、昔ならばなおいっそう不思議で神がかり的であった。お神酒(みき)に挿すのは杉の葉であり、杉は御神木の定番である。宗教と密接な関わりをしてきた日本人にとって、その生活の様々な場面において日本酒は隅なく入り込んでいた。冠婚葬祭、建前、戦勝など人生節目の重大な出来事において、酒はいつもそこにあった。

 ところがここに来て、生活様式に大きな変化が生じてきた。畳の無い住居が増えるにつれ、結婚や選挙のお祝いの「鏡開き」という機会も激減する。また近年は飲酒による交通事故等により、飲酒への社会の風当たりがそれに拍車をかける。酒に係わる弊害のある事は認めよう。しかし酒から産まれたよい話や楽しい話、救われた命等も多々あると私は想像する。こうした風潮はまた、酒樽を作るという伝統技術の継承すら困難にしている。使われない杉がこの岐阜県の山中にたくさん切り捨てられているにも関わらず、である。たいへん勿体ない事だ。

山と酒と文化の継承を

     出荷を待つ菰樽
     出荷を待つ菰樽

大昔すでに、杉と樽と酒から生まれる効能を知り得た日本人の祖先は偉大だと思う。将来も酒屋は「酒樽は杉」とこだわり続けるだろう。かつての酒樽は「勿体ない文化」の頂点でもあった。酒樽は役目を終えると味噌樽、醤油樽→漬物樽→燃料という具合に転身して使われた。日本酒製造業も林業も今や下火であるが、双方とも祖先から脈々と受け継いだ知恵と文化の結集である。一度失った文化は簡単には取り戻せないだろう。現代風の利便性や合理性の追求が果たして本当に良いのかどうか。双方ともそろそろ古い知恵を温め直し、新しい持続する文化の創生と継承に努めるべき時だと思う。

酒造りに欠かせないものの一つに、良質な水がある。私どもの蔵は長良川の中流域にある。発酵に適した少し甘めのおいしい軟水の井戸水は長良川の伏流水らしい。水は言うまでもなく山と木々の産物である。「山と水」は切っても切れない関係にあり「酒と山」もまた然りである。上流域の山が荒廃しないよう、植林や間伐といった作業をきちんと適正に施し「水」を守って行きたい。